今日は桃の節句。
娘が生まれた年に購入した我が家のお雛様を飾るのも、早いもので今年で10年目となる。
毎年2月中頃になると、柔らかな紙で丁寧に包まれた小さなお雛様や道具たちを箱から取り出して、
母と娘が語らいながら飾りつける。
小さなオーケストラのようなひな飾りは、突然思い出したかのように降る雪を背に
ほのかな音楽を奏でながら「春よ来い、早く来い」と静かな宴を繰り返す。
隣に飾られた桃の花がふっくら開き、3月3日は春が来る。
幼い頃、故郷の実家で、まだ赤ちゃんの妹の代わりに、母がお雛様を飾るのを手伝った記憶が蘇る。
男の子にとっての人形といえばプラスチック製のウルトラマンや怪獣たち。
お雛様を乱暴に扱って母によく母に叱られたものだ。
ふっくら優しい顔をした人形を指して、
「この人形のような優しく美しい心の女性に育ちますように、とお祈りするのよ」
と母は僕に語りかけていたのだろう。
3月3日が過ぎると母と僕は筆で人形たちの埃を払い、柔らかな紙で丁寧に包んで箱にしまった。
群馬の冷たい冬の風も、やがて小鳥のさえずりと共に春風に変わる。
中学受験で私立校に入学した僕は高校受験というものをシリアスに体験しなかった。
同年代の仲間たちが必死で受験勉強に励む頃、僕はすでにギターに夢中だった。
初めて手にしたギターは1万円のアンプ付きのストラトキャスター。
立派なギターではなかったかもしれないけれど、僕にとっては自慢の宝物だった。
今思えば、14歳、15歳、16歳と、最も多感な時期にギターと出会ったことで僕の人生は変わった。
先日、妹の娘が高校受験で志願校に合格したとの連絡があった。
彼女には進学にあたり自分の中で様々な葛藤があったようだが、
この大きな目標を達成することで自分の扉を開きたい、という強い意思が実を結んだ。
彼女はギターを弾きながら歌を歌うのが好きだと聞いていた。
日頃何もしてあげられないダメな叔父である僕は、合格のお祝いにギターをプレゼントした。
雨の中、ギターショップに二人で出かけ、たくさんのギターの中から彼女が選んだのは
素敵な「赤いテレキャスター」だった。
車で地下鉄の駅まで送った。
ギターケースを背負い「ありがとう!」と小さく手を振る彼女の後ろ姿は、羽根の生えた天使のようだった。
3月11日まであと一週間。
全国各地で桃の節句が祝われていることだろう。
そんな中、穏やかではない思いでこの日を迎えた方もたくさんいらっしゃることを思うと
複雑な思いを断ち切れない。
母から娘へ継がれる想いは変わらずに、今日この日が春の温もりを感じる優しい一日であってほしい。
我が家のひな飾りはこれから先、どのように継がれてゆくのだろう。
いつか娘に子供ができたときはまた、その柔らかな包み紙を開きながら何を語らうのだろう。
何も言わない小さな人形たちには、いつの日までも
「春よ来い、早く来い」と優しい音楽を奏でていてほしい。
赤いテレキャスターが自由の扉を開くように。