今回の滞在は基本に戻って美術館や博物館を巡ることにした。
思えば20代はじめに初めてロンドンを訪れた時以来、名所と呼ばれる場所に足を運ぶ機会はほとんどなかっただけに
どこを訪れても新鮮な発見と驚きがあり、とても楽しかった。
ナショナル・ギャラリーに展示された数々の不朽の名作を目の前にすると、心臓を鷲掴みにされたように動けなくなる。
モネを筆頭とする印象派の画は瞬間を切り取ったものでありながら、まるで動画のようにとどまることなく光揺らめき、
光と風、そして温度や湿度までも感じさせ、たまらなくセクシーだ。
以前はインパクトのある画ばかりを好み、求めたが、今は違う。
静けさのなかに情念のすべてを閉じ込めたかのような、奥行きのあるものに惹かれる。
それは絵画だけではなく、映画や音楽、すべての芸術、食やファッション、そして人間。
すべてに対してそう変化したかもしれない。
表面だけの刺激だけではもう物足りないのだ。
自然史博物館の恐竜の歴史を辿るブースは何度行っても楽しい。
恐竜の卵なんて、なんとも可愛らしい。
ティラノザウルスは手が短かった故に、転倒しても立ち上がれず絶滅したらしい。
(歯ブラシを持っても自分では磨けない、というユーモラスな説明も)
恐竜時代に想いを馳せるのは、宇宙を夢見ることと同じくらい夢があると思うのは男の子だけかしら?
初めて
LONDON EYEと呼ばれる大観覧車に乗る。
意外にも足がすくむ自分にビックリ。
笑顔が引きつっているのが判りますか?(笑)
昔からどちらかと言うと高いところは大好きで、いわゆる恐怖のジェットコースター系は全国制覇したものなのだが...。
上から見下ろすビッグ・ベンとウエストミンスター宮殿、
アビーロードはあの辺りかな?などと、石畳の街を上から眺めるのは楽しい。
夕景を眺めながらシャンパンを楽しむコースや、3人以上から貸し切りもできるらしい。
仲間と誕生祝いなど、思い出に残るかもしれない。
別れ話はイヤだね。(笑)
騎兵隊博物館では誇り高き戦いの歴史を語る数々の品々にため息。
ガリアーノの新作展示会と言っても驚かないくらいファッショナブル、なんて言ったら不謹慎かしら。
デビッド・ボウイのアースリングね。
まさにオートクチュールの世界。
そのままステージで着たい。
細部までこだわった装飾から、戦いに対する美学が伝わってくる。
入り口では騎兵が馬にのり、固い沈黙で来乗客を迎える。
その横に並んで記念撮影をするのは自由だが、中には馬にキャンディをあげる者、横から手綱を握る者、いたずらに馬の鼻をくすぐる者...。
馬上の騎兵はひと言も発さないものの、その怒りと哀しみをひた隠した表情から何も感ずることができない人間がいることが信じられない。
世の中のすべての悲劇は、礼を重んじることさえできれば起こらないかもしれないのに。
無礼ものは今も世界にはびこる。
雨が降ってきた。土産物屋でユニオンジャックの傘を買う。
イギリス国旗のデザインの由来を調べるとなかなか深い歴史的理由が含まれていて興味深い。
いつもなら迷わずタクシーに駆け込むところだが、久しぶりにバスに乗る。
2階の最前列。(ここでも意外に身がすくむ;)
ガーゴイルなど魔的な装飾が施された建物も多いが、道のど真ん中で羽根を広げるドラゴンなんて、さすがハリーポッターの街。
噂の水陸両用バス。テムズ川に突入してゆくらしい!
テイト・モダーンギャラリーへ。
こんなに刺激に満ちた沢山の現代芸術が無料で公開されていることが素晴らしい。
子供も参加できるコーナーも設置されていて、いかにアートが日常的なものであるかが伺える。
子供からお年寄りまで、博物館や美術館に通う習慣があるということは素晴らしいことだ。
夜は葉加瀬太郎くんのお宅にお招きいただいた。
太郎くんの美味しい手料理で最高のおもてなしを受ける。
「実は家族で英国に移り住む計画を立てているんです」
と聞いたのも『ソウル・セッションズ』のレコーディングの頃。
そして今、それを叶え東京〜ロンドンを行き来する生活を送っている彼。
ロンドンの家では、朝から晩まで練習に明け暮れているとのこと。
ここにも世界を目指し戦う男がいる。
彼のその並々ならぬ努力の向こうに必ず大いなる成功が待っている、と確信した。
食事後パートナーのピアニストと共に、メンデルスゾーンのコンチェルトを目の前で奏でてくれた。
その力強い演奏は彼の信念に満ちあふれ、強く心が揺さぶられた。
ホテルへの戻り道。
普段ロックやR&Bがかかっていることが多いロンドン・タクシー車内だが、その夜は珍しく荘厳なクラシックが大音量で流れていた。
バイオリンの音色が優しく語りかける。
「人生は何度でもやり直していいのですよ」
と。
窓越しに手を振って見送ってくれた葉加瀬くんの笑顔の奥の呟きを聞いたような気がする。
ありがとう!