朝青龍休場。
個々が自由に意見を言える時代とは言え、ここまで言いたい放題言われてるのを見るとさすがに気の毒に思う。
戦う人間にとって「頑張れよ!」の一言がどんなに励みになるか。
国民全員が審判となり、一挙一動を見逃さない。
国技の頂点にいるのだからそれは仕方ないことかもしれないけど。
一言でも失言あろうものなら、その一言だけが切り取られ、ネットやメディアを通じて反復される。
自己判断する間も与えず、脳に一方的に焼き付けられる。
怖いと思います。
今の日本は。
今日はスタジオでバースデー・カード書き、400枚!
サインだけでは味気ないと思い、一言メッセージを添えるのだが、それが大変。
同じ言葉を何百回も書いていると、
「あ」という字はこれで正しかったっけ???
などと頭がこんがらがってしまう。
多分来年からは簡素化されると思うので、今回のバージョンは貴重です!
BEAT CRAZYへの入会はお早めに!(笑)
毎年自分の誕生日にはたくさんのファンの方々から、素敵なメッセージやプレゼントを頂く。
お返しというわけではないが、感謝の気持ちを込めて一枚一枚書いている。
メールが主流の時代。
携帯やPCで瞬時にやり取りできるのだから、これ以上便利なことはない。
ファックスが登場した時、母に「この紙はどうやってここから出てくるの?」
と問われ、「電線を通ってだよ」と答えた。
母は紙が丸まって電線を通ってくるのをイメージしたらしく、余計に困惑していた。
『メールは打つ。』
そう。書かない。
整然と誤字もなく(たまに誤変換はあるけど)インクが滲んだり、筆圧が変わったりしない。
どんなに心を込めても、テキストに変換すれば、見ただけでは誰の書いた文章だか見分けはつかない。
『手紙は書く』
そう。手で紙に書く。
癖のある字や、誤字脱字、句読点の間、文字の色や、言葉の強さや優しさが伝わる。
封を切り、手紙を取り出す瞬間、ドキドキする。
『メールを書く』
がいいね。
何事も気持ちが一番大切だものね。
メールを「見る」ではなく「読む」。
当たり前のことが当たり前でなくなることが一番恐い。
スタジオにはたくさんの機材が並んでいます。
先日は久しぶりに12弦も登場。
ギターケースの上にはマットとストレッチ・ポールが乗っています。
葉巻をゆっくり燻らす時間もない日々。
明日からは東大寺のライブに頭を入れ替えます。
終演後の葉巻を何にしようか、今から悩んでいます。