音にこだわるのが我々「音屋」の仕事。
レコーディングではハイハットのクローズする瞬間の音までこだわって、全ての音に磨きをかけます。
ほんのわずかなイコライジングで楽曲の表情はがらりと変わります。
臨場感、ダイナミズム、奥行きや広がり、艶や温度。
音は「匂い」と同じく心の色を染めあげる五感を越えたリアリズムへアプローチする魔法のようなもの。
昔から最高質の音への追求はとどまることなく、変化と進化の歴史を繰り返してきました。
我々の世代で言うと、メタルテープやクロームテープといった高品質のテープや、DATなどのプロユースなメディアなど、いかに音楽を良い音で聴くか、スタジオで作られた録音芸術の意図を最大限に再生するためのテクノロジーが、作り手と聞き手の感性を共に豊かにしてきました。
クラフトワークやスティーリー・ダンなど、未だに色あせないハイクオリティなヴィヴィッドなサウンドは我々の夢、憧れであると同時に、目標であり壁でもあります。
しかし...。
時代はデジタルへ。
聞くところによると、最近はミニコンポすら持っていないリスナーがほとんどだとか。
PCにスピーカーを繋ぐならまだしも、多くはPCに装備されている小さなスピーカーで音楽を聴いているとのこと。
携帯でイヤフォンを繋いで聴く人もいるでしょう。
ダウンロードした曲を一曲ずつ持ち寄り、ランチタイムに携帯をジュークボックス代わりにして楽しんでいる人も多いようです。
プロの現場も、そんなユーザーの環境を無視するわけにはいかず、レコーディングの最終ミックスを携帯でチェックするアーチストも少なくないらしい!(驚)
なんだか淋しい話です...。
空気を振るわせて、心を振るわせる。
目を閉じてこそ見える世界があるとしたら、それはきっと音宇宙に広がる無限のイマジネーションだと思いたい。
自分もPCユーザーとして最近はダウンロードして音楽を楽しむ機会が増えましたが、じっくりと音と向き合って音楽を味わう機会は減ったように思います。
自宅のスタジオにはヤマハやKRKといったプロユースのモニターが設置されています。
が、それはあくまでも音を作る為のもの。
今回原田さんにお願いしたのは、「作り手としてではなく、聞き手として純粋に音を楽しむ為のシステムの構築」です。
スピーカーはソナス・ファベール。エラック。
アンプはリン、ヘーゲル、ゴールドムンド、ジェフ・ロウランド、パス。
プレイヤーっもオラクルやオーラといった個性的な機種。
これがどれもいい音で、そしてそれぞれに主張があり、たまらなく艶やかでたくましい。
数時間に及び聴き比べ、悩みに悩んだ結果たどり着いた機種はスタジオに設置されたらまたご紹介しますね。
確かに贅沢な趣向かもしれない。
自分も「オーディオ・マニア」と聞くと、少し退き気味だったのは確かです。
しかし原田さん、良いことを言ってくれました。
「手軽なワインを毎日飲むのもよろしいけれど、それを我慢して月に一度だけ美味しい極上のワインを頂くのもまたひとつの楽しみ方ではないでしょうか?」
もちろん現在も素晴らしい作品は作り続けられています。
自分もメディアを問わぬ、スリルに満ちたロックンロールを作りたいと日々頑張っています。
だけど、奇跡のような名盤の数々を越えることは難しい。
何故か忙しい毎日を送っている私たち。
週に一度でもいいから、自分にとってかけがえのない音楽を抱きしめるように聴き入る時間が持てたら最高なのに。
何から聴こうかな...。
モリコーネのミッションやワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ、DIVAやブレードランナーなどといった映画のサウンドトラックもいいな。
ピンク・フロイドやプロコルハルムみたいなプログレッシブなのもいいな。
ジルベルトやカエターノで心旅するのもいいな。
エルビスの甘いラブソングや、ビリー・ホリデーやエディット・ピアフ、歌に泣くのもいいな。
ストーンズやTHE WHOを爆音で聴いてみたいな...。
音楽は変わらないのに、時代が変わり、気づけば自分もいつのまにか大人になっている。
だけど、音楽を聴くこの心はいつまでも純粋な少年のままでいたい。
当たり前だけど忘れがちな音楽への愛を再認識した貴重な一日でした。